中央線は、大阪市此花区の夢洲から弁天町・本町・森ノ宮などを経て、東大阪市の長田までの21.1kmを結ぶ東西に軸を持つ路線である。正式名称は高速電気軌道第4号線、大阪市交通局では大阪市高速鉄道第4号線と呼ばれていた。愛称の「中央」は、路線が中央大通の地下を通ることに由来する。ラインカラーは緑色(スペクトリウムグリーン:マンセル記号 5G4.5/10)であり、これは沿線の大阪城公園の木々をイメージしたものである。
| 正式名称 | 高速電気軌道第4号線 |
| 旧局内名称 | 大阪市高速鉄道第4号線 |
| 路線愛称 | 中央線 Chuo Line |
| 開業 | 1961(昭和36)年12月11日 |
| 営業区間 | 夢洲(大阪市此花区)~長田(東大阪市) |
| 路線距離/運賃計算キロ | 21.1km/21.1km |
| 管轄 | 夢洲~コスモスクエア 3.2km 大阪港トランスポートシステム(第一種鉄道事業) 大阪市高速電気軌道(第二種鉄道事業) コスモスクエア~大阪港 2.4km 大阪市高速電気軌道(第二種鉄道事業) 大阪港トランスポートシステム(第三種鉄道事業) 大阪港~長田 15.5km 大阪市高速電気軌道(軌道事業) |
| 列車運行管理 | 輸送指令所 |
| 乗務所 | 森之宮乗務所 |
| 保線区 | 森之宮保線区 |
| 相互直通運転 | 近畿日本鉄道株式会社 けいはんな線:長田~学研奈良登美ヶ丘 18.8km |
| 総駅数 | 15駅 |
| 車両編成 | 6両編成 |
| 最終ダイヤ改正 | 2025(令和7)年1月19日 |
| 最多運用 | OM車:20列車、近鉄車10列車 |
| 使用車両 | OM車:30000A系、400系 近鉄車:7000系、7020系 |
| 保有車両数 | 192両(6両×32編成) |
| 検車場・車庫 | 森之宮検車場 |
| 最高速度 | 95km/h(夢洲~大阪港間) 70km/h(大阪港~長田間) |
| 軌間 | 1435mm |
| 電化方式 | 直流750V、第三軌条方式 |
| 閉塞方式 | 車内信号閉塞式(夢洲~大阪港間) 自動閉塞式(大阪港~長田間) |
| 保安方式 | CTC CS-ATC、ATO(夢洲~大阪港間) WS-ATC、TASC(大阪港~長田間) |
| 駅間最長距離 | 3280m(夢洲~コスモスクエア間) |
| 駅間最短距離 | 681m(本町~堺筋本町間) |
| 最急勾配 | 40‰(コスモスクエア~大阪港間) |
| 最小曲線半径 | 160.5m(朝潮橋~弁天町間) |
| 駅番号 | 駅 名 | 区間キロ | 累計キロ | ホーム形状 | 所在地 | 管区 | 連動駅 | 夜間留置 |
| C09 | 夢 洲 | 0.0 | 0.0 | 1面2線島式ホーム | 大阪市此花区夢洲中1丁目 | 阿波座 | ○ | ○ |
| C10 | コスモスクエア | 3.2 | 3.2 | 1面2線島式ホーム | 大阪府大阪市住之江区南港北1丁目 | コスモスクエア | ○ | ○ |
| C11 | 大阪港 | 2.4 | 5.6 | 1面2線島式ホーム | 大阪府大阪市港区築港3丁目 | 阿波座 | ○ | |
| C12 | 朝潮橋 | 1.5 | 7.1 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市港区田中3丁目 | 阿波座 | ||
| C13 | 弁天町 | 1.6 | 8.7 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市港区波除3丁目 | 阿波座 | ||
| C14 | 九 条 | 1.3 | 10.0 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市西区九条1丁目 | 阿波座 | ||
| C15 | 阿波座 | 1.5 | 11.5 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市西区西本町3丁目 | 阿波座 | ○ | |
| C16 | 本 町 | 1.1 | 12.6 | 1面2線島式ホーム | 大阪府大阪市中央区船場中央4丁目 | 本町 | ||
| C17 | 堺筋本町 | 0.7 | 13.3 | 1面2線島式ホーム | 大阪府大阪市中央区船場中央1丁目 | 堺筋本町 | ||
| C18 | 谷町四丁目 | 1.0 | 14.3 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市中央区谷町4丁目 | 阿波座 | ○ | |
| C19 | 森ノ宮 | 1.3 | 15.6 | 2面3線複合型ホーム | 大阪府大阪市中央区森ノ宮中央1丁目 | 阿波座 | ○ | ○ |
| C20 | 緑 橋 | 1.2 | 16.8 | 1面2線島式ホーム | 大阪府大阪市東成区東中本1丁目 | 阿波座 | ||
| C21 | 深江橋 | 1.1 | 17.9 | 2面2線相対式ホーム | 大阪府大阪市東成区深江北1丁目 | 阿波座 | ||
| C22 | 高井田 | 1.4 | 19.3 | 1面2線島式ホーム | 大阪府東大阪市川俣1丁目 | 阿波座 | ||
| C23 | 長 田 | 1.8 | 21.1(0.0) | 1面2線島式ホーム | 大阪府東大阪市長田中2丁目 | 阿波座 | ○ | ○ |
| C24 | 荒 本 | 1.2 | 22.3(1.2) | 1面2線島式ホーム | 大阪府東大阪市荒本北 | 生駒 | ||
| C25 | 吉 田 | 1.8 | 24.1(3.0) | 2面2線相対式ホーム | 大阪府東大阪市今米1丁目 | 生駒 | ||
| C26 | 新石切 | 1.5 | 25.6(4.5) | 2面3線島式ホーム | 大阪府東大阪市西石切町3丁目 | 生駒 | ○ | |
| C27 | 生 駒 | 5.7 | 31.3(10.2) | 1面2線島式ホーム | 奈良県生駒市元町1丁目 | 生駒 | ○ | |
| C28 | 白庭台 | 5.1 | 36.4(15.3) | 2面2線相対式ホーム | 奈良県生駒市白庭台6丁目 | 生駒 | ||
| C29 | 学研北生駒 | 0.8 | 37.2(16.1) | 2面2線相対式ホーム | 奈良県生駒市上町 | 生駒 | ||
| C30 | 学研奈良登美ヶ丘 | 2.7 | 39.9(18.8) | 1面2線島式ホーム | 奈良県奈良市登美ヶ丘6丁目 | 生駒 | ○ |
大阪市高速度交通機関協議会で1925(大正14)年10月に高速鉄道計画を策定、1926(大正15)年3月27日の市議会で都市計画決定された当初の計画では、4号線(中央線)は「港区築港桟橋東側~市電築港線花園橋停留所~西区伯楽橋西詰~都市計画路線長堀線~東成区大今里町~大阪市区改正設計2等大路第1類第19号線~住吉区今林町西端~住吉区平野泥堂町~国有鉄道関西線平野駅西端~住吉区平野西脇町」の、全長17.10kmの路線として計画された。この当時の計画では全線が高架での計画であり、全線が第2期事業とされた。
1948(昭和23)年6月18日に市議会で確定した路線改訂では、東西の輸送力を増強するために1路線であったのを分割して2路線とした。中央線は築港深江線を通ることになって東に延びて、国鉄片町線放出方面までに変更され、将来今福・今津方面の情勢によってはこの方面に延長する含みを持たせた。区間は「港区三条通4丁目~城東区放出町」で12.80kmの路線となった。
大阪港周辺では、1903(明治36)年に大阪市初の市電が築港~花園橋間で開業し、大阪港の発展に大きく寄与してきたが、昭和30年代に入ってからの自動車の普及に伴い、その機能が失われていた。そのため市電に代わるものとして、高速鉄道の建設が望まれていた。1956(昭和31)年に、大阪市が長年望んでいた国鉄大阪環状線が着工されることとなり、これに合わせて中央線の大阪港~弁天町間を建設し、大阪港と都心を結ぶことになった。この時点での計画では上町台地付近(谷町四丁目付近)のみ地下で、それ以外は高架の計画だった。しかし、建設実施の段階に至って高架の是非についての議論が起こり、高架反対派からは、町の分断・景観・騒音などの問題が提起された。また、高架にすれば市電を撤去しなければならず、歴史的な大阪市初の市電、築港~花園橋間を廃止するのは反対という意見もあった。しかしこの地区は地盤が悪く、大きな台風の度に冠水しており、地下構造物にすると浸水対策が不可能に近いものとなってしまう。また、中央線が通る都市計画街路築港深江線の幅員は、当時50m~80mと広かったこともあり、町の分断・景観・騒音等には高架構造物となっても大きな影響はないと考えられた。このような経過で、道路中央の12mの中央分離帯を使用して、高架構造物として建設することが決定した。しかし、道路の中央に鉄道を入れることは全国初のことであり、建設省からは平面道路を使用するため、(1)橋脚間隔は12m以上とすること、(2)道路横断部分は極力1径間とすること、(3)駅施設は一切平面道路上に置いてはならないこと、(4)乗降客は平面道路を横断せずに乗降できること、(5)桁下空間は4.5m以上とすること、という条件が出された。この区間は大阪市初の高架区間となるので、設計基準を新たに決める必要があり、国鉄の基準を参考にして決定された。
1959(昭和34)年11月20日に工事施行の認可を受け、1959(昭和34)年12月8日に大阪港~弁天町間の建設に着手した。弁天町における国鉄大阪環状線・尼崎平野線との立体交差、都市計画街路築港深江線の未立退き部分の処理など、多くの困難を克服して、“港が見える地下鉄”として1961(昭和36)年12月11日に大阪港~弁天町間が開業した。
中央線を都心部と直接連絡させるため、東へ延長して御堂筋線と連絡することになった。特許申請通り弁天町~本町間を高架として建設しようとしたが、関係先の了解を得ることができず、弁天町まで来ている高架をどの地点で地下にするかが問題となった。木津川以西は浸水の恐れがあり、高架でいきたいということで、木津川を渡ってから地下に入ることになった。1961(昭和36)年11月14日に弁天町~本町間の建設に着手、九条付近の民家の立退き遅れや、阿波座付近の軟弱地盤対策・木津川橋梁工事などの問題があった。1964(昭和39)年10月31日に弁天町~本町間が開業するが、本町付近の用地買収が相当遅れることになり、四つ橋筋から西横堀川までの西行き線路部に2両編成の列車が発着できるような仮駅を設置し、単線折返しで対応することになった。この仮駅は、本駅完成まで約5年間使用されることになる。なお御堂筋線との連絡は、300mほどの徒歩連絡となった。
1963(昭和38)年3月29日の都市交通審議会答申第7号「大阪市およびその周辺における高速鉄道の整備増強に関する基本計画について」を受けて改訂された基本計画では、中央線は近年の大阪東部周辺地域の著しい発展に対応して、東側が石切まで延長された。
中小企業の発展が著しい大阪東部と都心を結ぶため、本町以東の建設が急がれていた。また、谷町線の東梅田~谷町四丁目間の建設に伴って車庫が必要となったため、谷町線の車庫連絡線も兼ねて、すでに開業していた区間とは離れた谷町四丁目~森ノ宮間から着手することになった。この区間には史跡保存指定を受けている難波宮跡があり、開削工法ができなかった。また、谷町四丁目駅は谷町線との連絡線、森ノ宮駅が車庫との接続の関係で渡り線が必要で相対式ホームとなることから、単線シールドでは工事が難しい上に費用もかかってしまう事から、日本初の複線シールド工法が採用された。谷町四丁目~森ノ宮間は、1965(昭和40)年1月21日に建設に着手、1967(昭和42)年9月30日に開業した。1966(昭和41)年1月10日に森ノ宮~深江橋間の建設に着手した。この区間の築港深江線は40mに拡張予定であったが、当時は25mと狭くて交通量も多く、開削工法で施工するのは困難であった。また河川部の工法も考慮し、線路部は単線シールド工法が採用された。深江橋から先、放出方面に北上する計画がまだ残っていたため、深江橋駅は2両分のホームだけを建設し、森ノ宮~深江橋間は1968(昭和43)年7月29日に開業した。
東西分断されて営業していた中央線を結ぶ本町~谷町四丁目間は、1967(昭和42)年6月20日に建設に着工した。この区間にある船場地区では、繊維問屋を中心として店舗が並んでいた。この地区の都市計画街路の事業費は、用地買収費などを含むと巨額なものとなってしまったため、建設省が容易に許可を出そうとしなかった。その中、道路の中央にビルを建設して立ち退く人々を収容し、その上に高速道路を走らせるという案が提案された。国で検討された結果、費用が安くつくということで意見がまとまった。地下鉄はビルの両側に1本ずつトンネルを造ることになり、本町駅のホームは扇形の変則的な形態となった。本町~谷町四丁目間は、1969(昭和44)12月6日に開業し、中央線は1つにつながった。
1971(昭和46)年12月8日の都市交通審議会答申第13号に基づき、1977(昭和52)年4月1日に高速鉄道計画路線が一部修正された。中央線は、1963(昭和38)年の基本計画では石切までの延伸計画を策定していたが、都市交通審議会答申第13号では深江橋~生駒間が緊急整備区間に指定された。その後、大阪圏高速鉄道網整備推進会議で審議され、大阪府・大阪市・近鉄で協議の結果、大阪市は長田まで、長田~生駒間は近鉄が建設し相互直通運転を行うことになった。深江橋~長田間は1985(昭和60)年4月5日に、長田~生駒間は1986(昭和61)年10月1日に近鉄東大阪線として開業し、相互直通運転を開始した。
大阪市が市制100周年記念事業の一つとして策定した「テクノポート大阪計画」を進めるにあたり、1987(昭和62)年9月に大阪市港湾局が株式会社大阪南港複合ターミナル(後の大阪港トランスポートシステム)に南港・港区連絡線の建設・運営を打診した。1989(平成元)年5月31日の運輸政策審議会第10号答申「大阪圏における地下鉄を中心とする交通網に関する基本計画について」では、中ふ頭~大阪港間が2005(平成17)年までに整備されることが適当である区間、コスモスクエア~北港北間が2005(平成17)年までに整備に着手することが適当である区間、北港北~此花方面間が今後整備について検討すべき方向とされた。この答申に先立ち中ふ頭~大阪港間は建設工事に着手。当初は全区間が新交通システムの計画で、大阪港で中央線と接続する3.6kmの路線としていた。コスモスクエア地区の開発が当初の計画を上回る規模で進められ、輸送力の増強を図る必要がでてきたことから、1992(平成4)年12月1日に大阪市港湾局は大阪港トランスポートシステムに対し「南港トンネルにおける輸送力増強方策について」協力要請を行い、コスモスクエア~大阪港間は普通鉄道での建設に変更されることとなった。
1997(平成9)年12月18日にテクノポート線コスモスクエア~大阪港間が開業、中央線・近鉄東大阪線と相互直通運転を開始した。この区間は、当時南港への鉄道アクセスが住之江公園経由のニュートラムしか無いという事態を解消するために計画された路線であり、公共輸送ではなく利益誘導が主な目的で、中央線の延伸という形では国からの補助を受けられなかったため、大阪港トランスポートシステムに事業を委ねたという経緯がある。しかし別料金で割高になり、利用者が低迷していたことから、2005(平成17)年7月1日からは大阪市の路線として一元的に運営されることになり、コスモスクエア~大阪港間は中央線に編入された。
2006(平成18)年3月27日には近鉄が生駒~学研奈良登美ヶ丘間を開業させ、長田~学研奈良登美ヶ丘間と相互直通運転を行っている。
新桜島(仮)~コスモスクエア間の北港テクノポート線は、運輸政策審議会第10号答申で2005(平成17)年までに着手することが適当であると位置づけられ、大阪市が誘致を行ってきた2008(平成20)年大阪オリンピック(メイン会場:舞洲)開催時の交通アクセスとしても必要とされた路線であった。2001(平成13)年3月17日に大阪港夢洲トンネル・北港テクノポート線の起工式が行われ、大阪オリンピック開催に向けて建設が進められることになったが、2001(平成13)年7月にオリンピック誘致は失敗に終わり、社会経済の変化が激しい時代であったこともあり、今後は夢洲の開発計画の進捗に合わせて北港テクノポート線を整備することとした。鉄道と道路が一体構造となっている海底トンネル部分については国の事業として整備が進められて2009(平成21)年8月に夢咲トンネルとして開通した。北港テクノポート線については、2009(平成21)年12月の大阪市行政評価委員会の答申により全区間が事業休止となった。
その後、夢洲での万国博覧会の開催決定や統合型リゾート(IR)誘致が進められることを受け、2019(平成31)年2月の大阪市建設事業評価有識者会議で南ルート(夢洲~コスモスクエア間)の事業再開が決定、北ルート(新桜島~夢洲間)については引き続き事業休止とされた。2020(令和2)年7月7日に南ルート未着工部分の建設に着手、2025(令和7)年1月19日に夢洲~コスモスクエア間が開業した。
2025(令和7)年1月11日改正ダイヤでは、コスモスクエア~大阪港間の最高速度変更・ATO運転開始と可動式ホーム柵設置による停車時分見直しに伴うダイヤ改正が行われた。1月19日改正ダイヤでは、夢洲駅延伸開業に伴うダイヤ改正が行われたが各駅の時刻は1月11日改正ダイヤと同じである。延伸開業に備えたダイヤ改正と延伸開業日それぞれをダイヤ改正とする、前例にない初めてのケースとなった。
コスモスクエア~大阪港間では最高速度が70km/h→95km/hに変更され、所要時間が上り列車:3分15秒→2分40秒、下り列車:3分00秒→2分30秒にそれぞれ短縮された。可動式ホーム柵設置完了に伴う停車時分確保のため、各駅5~10秒の停車時分延長が行われている。また大阪港のみ車内信号システム切替のため20秒延長となっている。
平日の朝混雑時間帯で運転間隔の調整が行われている。近年のダイヤと比べて長田行きが増加しており、早朝・深夜を除いた時間に森ノ宮以西で長田行きが設定されたのは1986(昭和61)年9月23日改正ダイヤ以来となる。
| 平日ダイヤ | 土休日ダイヤ | |
| 早 朝 | 10分00秒 | 10分00秒 |
| 朝混雑時 | 3分20秒 ~4分00秒 | 5分00秒 |
| 昼 間 | 7分30秒 | 7分30秒 |
| 夕混雑時 | 5分00秒 | 7分00秒 |
| 深 夜 | 10分00秒 | 10分00秒 |
2019(平成31)年3月16日改正ダイヤでは、終発延長に伴いダイヤ改正が行われた。
下りコスモスクエア23:57発森ノ宮行き最終の後に、24:09発・24:17発の森ノ宮行きを増発、終発時刻を20分繰り下げた。これにより、東海道新幹線の東京発新大阪行き最終から御堂筋線なかもず行き最終を経由して中央線(堺筋本町・谷町四丁目・森ノ宮のみ)へ乗り換えることが可能となった。運転間隔の変更はない。
| 平日ダイヤ | 土休日ダイヤ | |
| 早 朝 | 10分00秒 | 10分00秒 |
| 朝混雑時 | 3分15秒 ~4分40秒 | 5分00秒 |
| 昼 間 | 7分30秒 | 7分30秒 |
| 夕混雑時 | 5分00秒 | 7分00秒 |
| 深 夜 | 10分00秒 | 10分00秒 |
2018(平成30)年3月24日改正ダイヤでは、増発に伴いダイヤ改正が行われた。
上り朝混雑時の3分45秒間隔で運行する時間帯を繰り上げるとともに、3分15秒~3分45秒間隔に変更することで増発を行った。あわせて学研奈良登美ヶ丘発コスモスクエア行きの終発後に新たにコスモスクエア行きを2本増発、深夜のコスモスクエア発森ノ宮行きを長田行きに変更などが行われている。なお、長年初発に存在したコスモスクエア発長田行きは、生駒行きに変更となり消滅した。
| 平日ダイヤ | 土休日ダイヤ | |
| 早 朝 | 10分00秒 | 10分00秒 |
| 朝混雑時 | 3分15秒 ~4分40秒 | 5分00秒 |
| 昼 間 | 7分30秒 | 7分30秒 |
| 夕混雑時 | 5分00秒 | 7分00秒 |
| 深 夜 | 10分00秒 | 10分00秒 |
中央線は行灯式旅客案内表示装置が最後まで残った路線である。現在の旅客案内表示装置はLCD式で、基本は日本語・英語の2か国語で、一部は日本語・英語・中国語・韓国語の4か国語に対応している。LCD化を前に2006(平成18)年8月9日から朝潮橋駅で試験が実施された。その後2007(平成19)年より順次更新が進められ、行灯式の旅客案内表示装置は姿を消した。コスモスクエア駅はOTS時代から3色LED式であったが、今回の更新でLCD式に統一された。2025(令和7)年に開業した夢洲駅では、同時期に旅客案内表示装置の更新が行われていた四つ橋線と同タイプのものが設置されている。
| LCD式使用開始日 | |
| 駅 名 | 日 付 |
| コスモスクエア | 2007.03.24 |
| 大阪港 | 2007.02.06 |
| 朝潮橋 | 2007.02.05 |
| 弁天町 | 2007.01.26 |
| 九 条 | 2007.01.25 |
| 阿波座 | 2007.02.09 |
| 本 町 | 2007.02.14 |
| 堺筋本町 | 2007.03.08 |
| 谷町四丁目 | 2007.03.04 |
| 森ノ宮 | 2007.01.31 |
| 緑 橋 | 2007.02.24 |
| 深江橋 | 2007.02.22 |
| 高井田 | 2007.03.02 |
| 長 田 | 2007.03.02 |
中央線は2024(令和6)年に全駅で設置が完了した。このうち谷町四丁目・夢洲の2駅では、他の駅と異なる配色となっている。
| 可動式ホーム柵 | |
| 駅 名 | 使用開始日 |
| 夢 洲 | 開業時より |
| コスモスクエア | 2024.07.20 |
| 大阪港 | 2024.07.12 |
| 朝潮橋 | 2024.06.29 |
| 弁天町 | 2024.06.08 |
| 九 条 | 2024.05.24 |
| 阿波座 | 2024.05.11 |
| 本 町 | 2024.04.20 |
| 堺筋本町 | 2024.04.06 |
| 谷町四丁目 | 2024.03.23 |
| 森ノ宮 | 2024.03.09 |
| 緑 橋 | 2024.08.01 |
| 深江橋 | 2024.08.09 |
| 高井田 | 2024.09.08 |
| 長 田 | 2024.09.13 |
千日前線の車両基地は森之宮検車場を使用しており、千日前線車両の出入庫のための定期回送が森ノ宮~阿波座間で運行されている。そのため森ノ宮~本町間では毎日中央線を走る千日前線車両を見ることができる。また谷町線車両も緑木検車場への入出場のため、稀に中央線内を走ることがある。
2016(平成28)年1月までは谷町線・千日前線車両の全般・重要部検査が森之宮検車場で行われており、検査出場の試運転が中央線で行われていた。試運転区間が大阪港~森ノ宮間で、谷町線・千日前線車両が普段走行しない高架区間を走行する珍しい光景を見ることができた。2016(平成28)年2月からは緑木検車場で全般・重要部検査が行われることになったため、中央線で他路線車両の試運転は基本的に行うことが無くなったが、ごく稀に行うことがある。
2018(平成30)年1月17日には、谷町線22系第06編成の四つ橋線転属改造が森之宮検車場で行われた関係で転属改造出場試運転が中央線にて行われ、四つ橋線23系第56編成となった元谷町線22系第06編成が試運転を行った。四つ橋線車両が中央線を走行したのは、これが史上初である。
| 駅 名 | 軌道事業特許申請 | 軌道事業特許取得 | 鉄道事業免許申請 | 鉄道事業免許取得 | 工事施工認可 | 建設工事着手 | 備 考 |
| 新桜島(仮) | |||||||
| - | - | OTS:2000.07.19 | OTS:2000.10.11 | 2000.12.01 | 未着工 | 2009.12.-- 大阪市行政評価委員会の答申により事業休止 (新桜島~コスモスクエア間) 2019.02.-- 大阪市建設事業評価有識者会議で事業再開決定 (夢洲~コスモスクエア間のみ) | |
| 舞洲(仮) | |||||||
| 夢 洲 | |||||||
| OTS:2000.07.19(第一種) OM:2023.08.25(第二種) | OTS:2000.10.11(第一種) OM:2023.12.22(第二種) | 海底TN部:2000.12.05 駅等:2020.07.07 | |||||
| コスモスクエア | |||||||
| OTS:1988.08.29(第一種) OTS:2005.04.21(第三種へ変更) 市交:2005.04.21(第二種) | OTS:1988.12.05(第一種) OTS:2005.06.07(第三種へ変更) 市交:2005.06.07(第二種) | 1989.03.27 | 1989.03.27 | - | |||
| 大阪港 | |||||||
| 1926.04.26 | 1927.06.04 | - | - | 1959.11.20 | 1959.12.08 | - | |
| 朝潮橋 | |||||||
| 1948.09.02 | 1959.02.23 | 1960.06.20 | 1960.07.20 | - | |||
| 弁天町 | |||||||
| 1961.11.08 | 1961.11.14 | - | |||||
| 九 条 | |||||||
| - | |||||||
| 阿波座 | |||||||
| - | |||||||
| 本町(仮駅) | |||||||
| 1966.10.01 | - | ||||||
| 本町(本駅) | |||||||
| 1967.05.26 | 1967.06.20 | - | |||||
| 堺筋本町 | |||||||
| - | |||||||
| 谷町四丁目 | |||||||
| 1965.01.21 | 1965.01.21 | - | |||||
| 森ノ宮 | |||||||
| 1965.12.25 | 1966.01.10 | - | |||||
| 緑 橋 | |||||||
| - | |||||||
| 深江橋(西半分) | |||||||
| 駅部:1968.02.17 線路部:1971.05.07 | 駅部:1968.03.23 線路部:1971.08.19 | - | |||||
| 深江橋(東半分) | |||||||
| 1975.02.08 | 1977.03.22 | 1979.01.31 | 1979.03.16 | - | |||
| 高井田 | |||||||
| - | |||||||
| 長 田 | |||||||
| 駅 名 | 軌道事業特許申請 | 軌道事業特許取得 | 備 考 |
| 森ノ宮 | |||
| 2024.03.27 | 2024.06.28 | ||
| 森之宮新駅(仮) | |||
| 駅 名 | 軌道事業特許申請 | 軌道事業特許取得 | 備 考 |
| 大阪港 | |||
| 1926.04.26 | 1927.06.04 | 1959.02.23起業廃止 (朝潮橋~平野西脇町) | |
| 平野西脇町 | |||
| 駅 名 | 軌道事業特許申請 | 軌道事業特許取得 | 備 考 |
| 深江橋 | |||
| 1948.09.02 | 1959.02.23 | 1968.02.22特許失効 | |
| 放 出 | |||